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き合い、その美しさに夢中になりました。
さて、練習を開始した「インヴェンションとシンフォニア」でしたが、譜面台の上には最新の研究に基づいた楽譜を置いているにも関わらず、そして、長い間向き合う事のなかった曲であるにも関わらず、無意識のうちに、昔習っていた時の音や指使いが戻ってきてしまうのです。 練習を開始するにあたり、相当数のエディション(版)や研究所を見直しましたが、その上で改めて当時使っていた楽譜を見直して、不備の多さにショックを受けました。 そして、脳の柔らかい子供時代に良い楽譜(版)を使用しなかったことで、なんと惜しいことをしてしまったのだろう、と後悔しました。
曲を勉強する際には、まずは楽譜(版)を選ぶことからはじまります。 同じ曲の楽譜とは言っても、色々な出版社から様々な版が出ていますが、それらは原典版(作曲者の書いた楽譜に忠実な版)と校訂版(研究者による注釈のついたも版)の2種類に大別する事ができます。 近現代の作品には、細かな注釈が付されているものが少なくありませんが、特に古典派やバロック期の作品に関しては、原典版を読み解いて自在に使いこなし、血の通った演奏を作り出すためには相当な予備知識が必要になります。 子供達のレッスンに原典版「のみ」を与える事は、危険な事です。 原典版を知る事は必要ですが、それだけでは「作曲者の魂に触れる」以前に、混乱を生む事になってしまいます。
以前、生徒さんを連れてレッスンに見えた先生が、その数年後に同じ曲集を勉強している生徒さんを連れていらした事が有りました。 そのレッスンの際に、或る版を使ったらどうかとアドヴァイスをしたのですが、先生には、「以前、同じ曲集で(他の生徒の)レッスンをお願いした際には●●●版を使ったらどうかと言われたのですが」と言われました。 けれど、それはレッスンの中で適当な事を言っているという事ではありません。 更に良い楽譜が出版されたら、以前の楽譜にしがみつく必要は全くないし、新たな資料が発掘される事で、それまで正しいと信じていたものの基準が変わる事も、珍しい事ではないのです。 また、生徒ひとりひとりに個性が有るように、楽譜にも個性があります。 良い楽譜であっても、それが全ての生徒に相応しいものであるという事にはなりません。 様々な楽譜に目を通して特徴を把握し、生徒の個性によって相応しい楽譜を選んであげることも、教師の大事な仕事の一つなのです。
演奏というのは再現芸術であり、その手がかりは、過去の作曲家が遺した楽譜しか有りません。 演奏者は、楽譜と向き合いながら、その表面に書かれている楽譜の「裏」を読み解こうと腐心するものですが、手がかりになる楽譜で躓いてしまっては、何もはじまらないのです。 |